おれたちが遊びに行くとなると、大抵は駅前に行くことになる。
カラオケ、ゲーセン、ファミレスにファーストフード、それに映画やボーリングなんかもある。
この辺りじゃ断然選択肢が多いから、当然だ。
今日みたいな休日の昼時は、おれたちみたいな暇人と、ランチを取りに来たサラリーマンも合わせて、かなりの人ごみになる。
「とりあえず何か腹に入れようぜ」
少し後ろを歩く宮間に、そう提案する。
稽古は一時間程度なんだが、超集中して取り組んでるせいか、異様に腹が減るんだよな。
「宮間ー、なんか食いたいもんとかあるか?」
「僕は、別に……。千里くんの好きなところでいいよ」
相変わらず、宮間は一歩引いたような受け答えをする。
おれにはない奥ゆかしさが羨ましく思うときもあるが、こういうときはなんとなく気になってしまう。
友達同士なんだから、もっとガツガツ来てくれていいのにな。
(って、同じようなことを前言ったら、『そういうの苦手だから』って困った顔で言われたっけな……)
なら、そういうのが得意なおれの方から歩み寄るしかない。
にかっと笑って、宮間と肩を組むように腕をかける。
「辛気臭い顔してんじゃねえよ、今から飯だぞ飯! テンション上げてこーぜ!」
「わ、わわっ! わかったわかったからっ、頭振り回さないで~!」
必死におれの手から逃れようとする宮間だが、力が弱すぎてロクに抵抗出来ていない。
よく見ると、なんだか顔が赤くなっている気がする。
「お前、熱でもあんのか? 顔赤い感じするぞ?」
「別に、ないと思うけど……多分、千里くんのせいっていうか……」
「おれ? おれがなんだって?」
宮間は口元でなにかごにょごにょと言っているようだったが、よく聞き取れない。
こいつのこの物事をはっきり言わないところは、正直あまり好きじゃないな。
「ま、いいや。駅前のカフェにでも入るか」
「そうだね。……結局、離してくれないんだ……」
おれに肩を抱かれたままの宮間が小さく呟く。
「なんだよ、嫌なのか?」
「別に、そういうわけじゃ……」
「なら問題ないな! 飯行くか」
「う、うん」
もじもじする宮間を引きずりながら、おれはカフェへと足を向けた。
「席空いてて助かったな」
注文を終えてから、お冷やに口をつけて、ほっと一息つく。
「お昼時だからね。ラッキーだったよね」
店は学生やカップルでいっぱいで、どこか華やかな賑わいを見せている。
BGMには流行のポップスが小音量で流れていて、落ち着いた雰囲気のせいで、少しだけまどろみそうになる。
「あ~腹減った。早く料理こねえかな」
「さっき頼んだばかりなんだから、大人しく待とうよ」
「んなこと言ったってよ~……」
朝に軽く食べてから何も口にしていないせいで、どうもパワーが出ない。
テーブルに軽く突っ伏してぼんやりしていると、宮間がおれをじっと見ていることに気付いた。
が、視線を向けた瞬間、フッと宮間はそっぽを向く。
なんだか少し前から宮間は、何か言いたげにおれを見てくることが多い気がする。
「なあ、何かおれに言いたいことでもあんのか?」
「べ、別に……」
「お前が『別に』って言うときは、何かあるときだろーが。言ってみろよ」
「言ったら千里くん、絶対怒りそうだから……」
「そんなこと言われたら余計気になるだろ。腹減っててイライラしてんだから、早く言えよ。言わなくてもどうせ怒るんだから、言ってみた方が得だろ?」
「む、無茶苦茶な理屈だよ……」
おれとしては筋がそれなりに通っているんだけどな。
友人には、あまり気後れせず、思っていることをストレートに言ってほしい、そう思っているだけだ。
「いいから、とっとと言えって! あと五秒な! ごーよんさんにーいち……」
「ちょっと早い早い早いって! 僕はただ千里くんの顔きれいだなーって思ってただけで……!」
「は? 顔?」
ぽかんとして聞き返すと、宮間はもじもじしながら顔をうつむかせる。
「千里くんってさ、クラスの他の子とはなんか違うっていうか……。黙ってれば物憂げな感じがして絵になるし、着物とかすごく似合うし、華やかで、きりっとしてて、つい目が向いちゃって……」
「おう、サンキュな。……って、それだけか?」
「そうだけど……」
「褒めてるだけじゃねえか」
おれはてっきり、おれに何か不満でもあるのかって思ってたから、拍子抜けだ。
どうもおれは、相手が自分をどう思っているのかを考えずに好き勝手言ってしまうことがあるらしいからな。
自分じゃよくわかっていないみたいだから、そうじゃないとわかってひとまず安心だ。
「つまり、あれか。おれ、カッコイイ」
「え? ……ああ、うん、大体合ってる」
「なんで一瞬答えるのに時間かかってんだよ! 違うのかよ!? つーか、さっきも『黙ってれば物憂げで絵になる』とか……普段はどうなんだよ、普段は!」
「ふ、普段も顔はカッコイイと思ってるよ!」
こいつ、本当はおれのことバカにしてるんじゃなかろうか。
「お待たせしましたー。カレーライスのドリンクセット付きと、サンドイッチですー」
「お、きたきた!」
宮間を更に糾弾しようとしていたのだが、目の前に料理が来た瞬間に全て吹き飛んでしまった。
泣く子と空腹には勝てない。早速スプーンを掴み、目の前の料理に手を付ける。
「うま! から!」
「ここのカレーはそんなに辛くないって聞いてるけど……?」
「んなこと言っても、辛いもんは辛いんだよ。うちの母さん、基本的に料理の味付け薄味だしな。その関係もあって、あんまり刺激的な味に慣れてねえんだよ」
中辛くらいまでならともかく、激辛なんて口にしたら悶絶する自信がある。
男らしくピリッとしたものを普段から食べたい気もするが、無理なものは無理だ。
「お前、それだけで足りるのか?」
「足りるよ。僕は千里くんと違って、あんまり食べる方じゃないから」
宮間の頼んだサンドイッチは、トーストを三枚ほど使った量だろうか。
卵やツナをレタスと一緒に挟んだサラダ系のようだ。
見た目は綺麗でうまそうだが、おれにはどうも少なく見える。
とはいえ……。
「草が多くてうまそうだな……ちょっと分けてくれよ」
「草って……野菜だよね。まあ、いいけど。ポテトのやつでいい?」
「一口だけでいいから、今お前の食ってるツナでいいよ」
「えっ、でもこれは、僕が口つけてるし……」
「別にいいって。ほら、よこせよ」
なぜか受け渡しを渋る宮間の手から、半ばひったくるようにしてサンドイッチをもらう。
一口かじると、ツナのまったり感とレタスのシャキシャキ感が絶妙にマッチしていて、実にうまい。
おれの頼んだメニューは食感に乏しかったから、尚更だった。
「うん、うまいな。サンキュな。返すわ」
「あ、う、うん……」
強引にサンドイッチを取られたのが気に食わなかったのか、宮間はおれとサンドイッチを交互に見ていた。
一応、確認を取ってからもらったつもりなんだけどな。そんなにツナが好きだったのか?
仕方ないと思って、自分のカレーを一口分すくって、スプーンを宮間に突き出す。
「ほれ、おれのもやるよ。口開け」
「……えっ!? い、いいよ。恥ずかしいし」
「おいおい、男同士なんだから気にすんな。まさかおれたちがデキてるなんて思う奴なんていねえよ」
「で、デキて……!?」
なぜだか宮間は頬を赤らめて、妙にどぎまぎしている。
純情そうな奴だとは思ったけど、この程度のネタにもこの過剰反応……。
年頃の男がこんなんで大丈夫なのかと、少し心配になってしまうが、見ていて面白いと思う自分もいた。
「もしかして、カレー好きじゃないのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「なら口開けって。マジうめーから!」
「う……あ、あーん……」
控えめに開いた宮間の口に、スプーンを突っ込む。
泣きそうな顔のまま、もぐもぐと咀嚼する宮間。
「どうだ、うまいだろ?」
「おいしい……んじゃ、ないかな……」
「なんだよ、煮え切らねえな。うまいかまずいか言えばいいだけだろ?」
「ち、千里くんのせいだよ」
むっ、と宮間は咎めるような視線を向けてくる。
そんな目で睨まれるようなことをした覚えがないので、おれは首を軽くかしげた。
もしかして、カレーの辛さが好みに合わなかったのか?
だとしたら、悪いことをしたなと、心の中で反省する。
頭で考えるより先に体が動く癖、昔から治らねえなあ……。
そんなおれに付き合ってくれてる宮間のことは、感謝しないといけないな。
(ま、さすがにそんなこと気恥ずかしくて、本人には言えないけどよ)
なんてことを考えていたせいか、なんとなく居心地が悪くなって、再びカレーに口をつけ始める。
宮間はまたおれをまじまじと見つめてきていたが、あまり気にしないようにしながら食事に没頭した。
そして、最後に……。
「お待たせいたしました、チョコレートパフェになります」
「おおー、きたきた!」
容器いっぱいに盛られたチョコとアイスクリームの山に、思わず頬を綻ばせてしまう。
すぐさまスプーンを手に取り、てっぺんに乗っかったバニラアイスにチョコと生クリームを絡めて、口へと運ぶ。
「ん~~……んまいっ! このふわふわ感! まったりした甘さと爽やかな冷たさのハーモニー! まさに幸せの味ってやつだな!」
「ふふ、千里くん。おいしそうに食べるね」
「家とか稽古場では、和菓子ばっかりだからな。和菓子も和菓子で好きだけど、たまにはこういうクリームまみれのものが食べたくなるんだよ」
スプーンに乗りきらないくらい大量にすくいとり、大口を開けて頬張る。
「ち、千里くん。口の周りにクリームが……」
多く取りすぎて、口の中に収まりきらなかったクリームが溢れてしまう。
母さんにはとても見せられない、行儀の悪い食べ方だ。
「も、もう! ほら、口の周り拭いて! 早く!」
「ん、んん……ごくん。そ、そんな怒らなくていいじゃねえか……」
こいつ、こんなに食事の作法にうるさかったか?
顔を赤くして声を荒げる宮間が何を思ったのか、おれにはまるでわからなかった。