まにょっこ☆みのりん プレストーリー

■03

「おはようございます」
 証拠隠滅作業を終えて、制服に袖を通してから居間に向かいます。
 既にお姉ちゃんたちは食卓についていて、まさに朝食をとろうという瞬間でした。
「おはよう、恭くん。恵子ちゃんより遅いなんて珍しいですね」
 にこりと柔らかい微笑みで挨拶を返してくれたのは、長女の智香お姉ちゃん。
 ぼくの通っている学園では先生をやっていて、男の子にも女の子にもとても人気があるみたいで、自慢のお姉ちゃんです。
 ふわっと軽くウェーブのかかった茶色い髪が、落ち着いた上品な印象を与えます。
 大人の女性らしく、スーツを内側から押し上げている大きな胸がその人気の一因であろうことは、容易に予想がつきます。
「始業式の日くらい、あたしだって早起きするわよ。それに、恭の方がいつもより遅いんじゃないの」
 なんだか不機嫌な感じにそう返したのは、次女の恵子お姉ちゃんです。
 学年はぼくの一つ上。気が強くて、少し意地っ張りなところが玉にキズ。
 だけど、本当は女の子らしいところもあるって、ぼくは知っているのです。
 髪は頭の横で二つにまとめていて、いわゆるツインテールにしています。
 スタイルは決して良いとはいえない上に、髪型のせいでより幼く見えます。
 服は真っ黒なゴスパンク系ですが、見た目が可愛らしいので威圧的なものは感じません。
 その分、性格は気が強くて、ちょっとしたことですぐにギラッと怖い目を向けてくるのですが。
「確かに恭くんがこんなに遅くに起きてくるなんて珍しいですね。昨日は早く寝たような気がしましたけど」
「そうなんですけど、今朝はちょっと夢を見てたら、なかなか起きられなくて……」
 本当は自慰にふけっていたせいなのですが、正直に話すわけにはいきません。
 いくらお姉ちゃんたちでも、言えることと言えないことがあります。
「スープが冷めてしまいますから、いただきますね」
「ええ、どうぞ召し上がれ」
 両手をちょこんと合わせてから、早速パンをスープに浸して口に運びます。
「ごめんなさいね。本当はもう少し凝ったものを作りたいのだけど、時間がなくて」
「そんなことないです。智香お姉ちゃんはお仕事もあるんですから、無理しないでください」
 ぼくの両親は世界的な音楽家で、二人して度々家を留守にしていることが多いです。
 そのため、一番の年長である智香お姉ちゃんは、お仕事をしながら家事もやってくれているのでした。
 それがどれほど大変なことか、想像に難くありません。
 文句なんてありませんし、それを言える立場にないこともわかっています。
「でも、本当に無理しなくていいですからね。ぼくも簡単なものくらい作れますし……」
「そうそう。いざとなったら、この恵子ちゃんがどーんと一肌脱いでやるわよ」
「「それはやめてください」」
 小さな胸を張って自信満々に言った恵子お姉ちゃんに、二人分の制止がかかります。
 以前料理を作ろうとして、卵を爆発させたり、換気扇を付け忘れて部屋に煙を充満させて、煙感知機を作動させたりしたので、恵子お姉ちゃんには料理禁止令が出されているのです。
 あのときは、煙感知機の警報と、窓から漏れる黒煙に驚いた近所の方が通報してしまったので消防車まで出てくる始末で、本当に大変でした。
 家の中はススだらけでめちゃくちゃになりましたし、温和な智香お姉ちゃんもあのときばかりはこってりと恵子お姉ちゃんをしぼりました。
 そんな前科があるので、恵子お姉ちゃんも不満そうにしつつ、言い返してはきませんでした。
 どうやら本人なりに反省はしているようです。
「ごちそうさまでした」
 あっという間にたいらげた智香お姉ちゃんが席を立ちました。
「私はもう行きますね」
「随分早くありませんか? まだ七時過ぎですけど」
 学園まではそれなりに距離があるとはいっても、ゆっくり歩いて三十分程度の距離です。
 普段なら、八時起きでもぎりぎりで間に合います。
「今日は職員会議があるから、少し早く出ないといけないんです」
「あ、それならお皿はそのままでいいですよ。食べ終わったら一緒に片付けておきますから」
「ありがとう。また学園で会いましょう」
 言うが早いか、智香お姉ちゃんは肩掛け鞄を掴んでぱたぱたと玄関へと駆けていきました。
 先生のお仕事も大変ですね……休日も、家で授業の計画とか作ってますし。
 その中でこうやってご飯も用意してくれるのですから、残したりなんて出来ません。
「……恵子お姉ちゃん? どうかしたんですか?」
 ふと見ると、恵子お姉ちゃんは完全に食事の手を休めていました。
 ダイエット中というわけではないと思ったのですが……。
 恵子お姉ちゃんは返事もせず、ぼくをじいっと値踏みするように見つめてきます。
 たっぷり一分ほど経ってから、固く閉ざされた口がおもむろに開かれました。
「恭。どうしてあたしが今日早起きしたと思う?」
「どうしてって……? 始業式だからじゃないんですか? さっきそう言ってたじゃないですか」
「違うから聞いてるんじゃないの。いいから答えなさいよ」
 そう言われても、これといった理由は思い当たりません。
 今日ってなにかありましたっけ……。
 頭をひねって考え込んでいると、恵子お姉ちゃんは待ちくたびれたのか、溜息と共に言葉を漏らしました。
「今朝ね、隣の部屋が騒がしくて目が覚めちゃったのよね」
 どきり。
 言葉自体が胸に突き刺さったかのように、鋭い衝撃が襲いました。
 もしかして、バレてしまってます……?
「そ、そうだったんですか。それは、その、ごめんなさい」
「別にいいけど。何やってたか知らないけど、今度から静かにしなさいよね」
「はい。本当にすみませんです」
 軽く頭を下げながら、密かにほっと胸を撫で下ろしました。
 この口ぶりでは、どうやらぼくが何をしていたかまでは知らないみたいです。
 次からは隣の部屋に絶対に聞こえないように、静かにすることにしましょう。
「ところで、あと一つ聞きたいんだけど」
「はい、なんですか?」
 返事をしながら食事を再開。
 あまり悠長にしていると、せっかくのスープが冷めてしまいますからね。
「今朝のオナネタはなんだったわけ?」
 ぼちゃり、と。
 取り落としたパンが、スープの海に沈んでいきました。
「し、知ってたんじゃないですか!!」
「アンタが隣の部屋でアンアンうるさいせいでしょうが。むしろ感謝してほしいわよ。いつもより起きるのが遅いからって、アンタを起こしに行こうとしてた智香姉を止めてあげたんだから」
「それは……どうもです」
 心の底から感謝しました。
 智香お姉ちゃんはとても真面目な性格ですから、一人エッチが見つかったら本当に気まずくなってしまいますからね。
 恵子お姉ちゃんにバレてしまったのは失敗でしたが、最悪の事態は逃れたということでしょう。
「それで、一体誰をオナネタにしてたの? ひょっとしてあたし?」
「お、お姉ちゃんじゃありませんよ」
「ってことは、まさか智香姉!? そんなにおっぱいがいいのか、このスケベ!」
「だから違いますってばー!」
 結局、恵子お姉ちゃんとの問答は遅刻間際まで続きました。

index0102■03■

CLOSE