(今日は最低です……)
学園にて。
遅刻ギリギリでクラス替えの張り紙を確認したぼくは、幽鬼の如き歩みで教室へ向かい、席についてからは机に突っ伏してぐったりしていました。
……あろうことか、自分を慰めていたのが恵子お姉ちゃんにバレていたなんて。
泣きたいです。今すぐ消えてしまいたいです。
本当なら学園なんて休んで、一日中布団の中でうずくまって不貞寝したいほどでした。
無断欠席なんてしたら、智香お姉ちゃんにも迷惑がかかるかもしれませんから、そんなことはしませんけれど。
耳には新しいクラスメイトたちの歓談が届いてきます。
でも、隅の席でぐったりとしているぼくに声をかけてくる人はいません。
クラスが替わったので、他のクラスメイトと親交を深めることで忙しいのでしょう。
教室の端で潰れている人にわざわざ話しかけようなんて人はなかなかいないと思います。
ぼくの方も、今朝のダメージは深刻なものがあり、おしゃべり出来るだけの元気がないので、今回ばかりは都合がいいです。
そんなことを思っていると、
「あの……大丈夫? 体調が悪いなら保健室に連れて行こうか?」
気遣うような声が、すぐ傍から聞こえてきました。
返事をする気力もあまりありませんでしたが、人の厚意をまさか無視するわけにもいかず、なんとか首を持ち上げます。
「いえ、大丈夫です……」
「大丈夫ならいいんだけど、体調悪いなら無理しない方がいいよ?」
声の主は心配そうに目を伏せて言いました。
その表情は、まるで映画のワンシーンのようにぼくの目には映りました。
この人、物凄く可愛いです……!
でもなんだか、どこかで見たことがあるような……。
「体調が悪いわけではないんです。お気遣いありがとうございます」
「気にしないで。困ってる人を助けるのは当たり前だもん」
にこりとその子は可憐に笑ってみせました。
その瞬間、ぼくの中でもやもやとしていた思考が一気に整いました。
思い出の中の面影が、目の前の顔に完全に被ります。
「え、ええっ!? あの、あ、あなたは……っ」
胸の高鳴りを抑えられなくて、無意識の内に胸を押さえました。
こんな嘘みたいな話があるんでしょうか。
それともこれは夢の続き?
あまりのことにうまく言葉が出ないぼくに、目の前の彼は見覚えのある優しい笑顔を浮かべます。
「あ、僕は稔、桜井・稔っていうんだ。君はなんて言うの?」
「ぼ、ぼくは、樋口・恭……です。あの、お久しぶりです……! ぼくのこと、覚えていますか?」
きょとんとした目で、その子――桜井さんはぼくをじっと見つめてきます。
「えっと、ごめん。どこかで会ったことあったっけ?」
「はい。ずっと昔ですけどね。そのときには、桜井さんもぼくも、女の子の格好してましたけど。それで、化け物から助けてもらいましたよ」
「……あ、ああ! あのときのっ! って、あ、あれ……?」
桜井さんも、ぼくと同じことを思ったみたいです。
「き、君って、男の子だったの!?」
「ぼくだってびっくりですよ……」
まさか初恋の相手が男の子だったなんて思っていませんでした。
また会えてうれしい気持ちは本当ですけど、ちょっぴり複雑です。
ですが……。
「じいー……」
「な、なに?」
「いえ……なるほど、と思いまして……」
子供の頃の面影を残しつつ、体はしっかりと男の子として成長した桜井さん。
優しい性格も、そのままみたいです。
どう考えても、その辺りの女の子よりも断然レベルが高いですから、
(これはこれでありなのではないでしょうか……可愛いは正義だと昔から言いますし)
「ひ、樋口くん……?」
「ぼくのことは恭でいいですよ」
「それじゃ、僕も稔でいいよ。名前の方が呼ばれ慣れてるしね」
「わかりました、稔くん」
「これからよろしくね、恭くん」
ぼくらは視線を合わせて、にこっと互いに笑いかけました。
何年も会っていなかったのに、すぐに気持ちが通じ合ったような錯覚を覚えます。
と、そこで予鈴が鳴り、先生がやってきました。
「席に戻らないと。また後でゆっくり話そうね」
「はい。……うふふ」
さっきまでの元気のなさはどこへやら、ぼくはつい口元を綻ばせてしまうのでした。