おれの口内に精液を注ぎ込んだ宮間は、やりきった顔でチ○コを引き抜いた。
「まだだよ。こんなもんじゃない。僕のニオイを嗅いだだけで発情しちゃうくらい、心もカラダも僕色に染めてあげるんだから……!」
宮間はまだまだ物足りないらしく、おれを解放してはくれないらしい。
だが、それも当たり前だ。おれはもう、こいつのモノにされてしまったのだから。
だから諦めよう。もうどうしようもなく、おれは汚されてしまった。
「僕のオチ○チンを見ただけで勃起しちゃうようになるまで、エッチし続けようね……」
目をギラギラさせた宮間が、ぐったりとしたおれにまたも手を伸ばしてくる。
こいつはおれを少しも休ませようという気はないらしい。
おれはまた始まろうとしている恥辱に抵抗することも諦めて、そっと目を閉じ――
「離れなさーーーーーーーーーーーい!!」
空からそんな叫び声が聞こえた、かと思うと、突風が宮間の体を容赦なく吹き飛ばした!
何が起こったかわからず、目をぱちぱちさせる。
そんなおれの目の前に、何者かがすたっと空から降り立った。
「大丈夫ですか? ぼくが来たからにはもう安心ですからね」
絹のようになめらかな金髪をたなびかせながら、その人はにこりと笑顔を浮かべてささやく。
思わず、どきりとしてしまった。
こんなに綺麗な人、生まれて初めて見た……。
「うむ、憑かれているようだな」
「ですね。ぼくの力で、安らかに眠っていただきましょう」
真剣な顔つきになった金髪さんの視線の先、ゆっくり立ち上がりながら、目を血走らてこちらを睨む宮間の姿がある。
「なんだよ……なんなんだよお前ぇぇ……!」
「ぼくは、魂に響く安らぎの音色、ウィッチ・ザ・ハルモニアです! 彷徨える魂による歪んだ愛の暴走、見過ごすわけにいきません!」
「邪魔すんなよ……!」
宮間の口から、鞭のようにしなる舌が飛び出し、金髪さんに襲いかかる。
金髪さんはまるで慌てる様子もなく、虚空から何かを取り出し、構えた。
あれは、トランペット?
(って、危な! ……え?)
バチィッ!
その人に当たる前に、舌は見えない何かに阻まれて空中で弾かれていた。
「音の衝撃で弾いたのか。さすがは我がパートナー、魔法の扱いというものをわかってきたようだな」
金髪さんの肩に乗るグラサンカラスが、満足気に呟く。
今の発言……この人も、不思議な力を使えるのか……。
「では、開幕早々で申し訳ありませんが、フィナーレを迎えさせて頂きましょう。スペル……穏やかな春の眠り」
トランペットから、明らかにトランペットとは違う音楽が鳴り始める。
耳に入り込んでくる音は、そのまま体の隅々にまで染み渡ってくるかのように、澄んでいた。
さっきまで火照りきっていた体が、不思議と落ち着いてくる。
これが、この人の魔法ってことなのか……?
「うぐぅぅぅぁぁぁぁ! 僕は、僕は、ただ好きな人に、思いを伝えたかっただけで……!」
「その気持ちはわかります。でも、押し付けはダメです。それに、あなたのいるべき場所はここではありません。天にお還りなさい。次の生では、お幸せに」
「う、うぅううぅぅあああぁああ……!」
宮間は涙をぼろぼろとこぼし、何度も頷く。
と、宮間の全身から、きらきらと輝く粒子が湧き出て、夜を迎えつつある空へと吸い込まれていった。
今のが、宮間の中にいた、ナニカだったんだろう……それくらいは、おれにも理解出来た。
それを確認してから、金髪さんが静かにおれに向き直る。
空から降ってきたその人は、おれの目には……
「あなたは……天使……?」
「そう見えますか?」
くすっと笑ったその表情は、そう例えるに相応しいと思えるほど慈愛に満ちていた。
彼女の肩に乗るカラスがぼそっと、「天使はこいつではないのだが」と呟く。
それに対して「まあまあ」と言ってから、彼女はおれの方にそっと顔を寄せてきて……。
(――!?)
おれの額に、ちゅっと唇を触れさせた。
その僅かな部分に、全身の神経が集中したかのような錯覚に陥る。
き、キスされた……!?
「今回のことは忘れて、日常に戻ってください」
「ど、どういう意味……あ?」
急激に、瞼が重くなり、体から力が抜けていく。
もしかして、今のキスって、この人の、まほ……う……。
「悪い魔力も浄化されたはずですから、安心してくださいね。それでは」
美しい金髪が翻ったのを最後に、おれの意識はフッと途切れたのだった。
*****
それから数日して。
今、おれがいるのは、これまでずっと通っていた稽古場……ではなかった。
張り詰めた空気を震わす竹刀の音、微かに感じる汗の臭い。
これまで通ってきた稽古場とはまるで雰囲気の違う場所。
神田道場という、剣術を教えているところだった。
「一! 二! 三! 四!」
借り受けた竹刀を、数を数えながらしっかりと振る。
おれも男だ。やはり剣の形をしたものを持つと、なんとなく気持ちが高揚する。
……この前、宮間と遊びに行った日、まさかあいつに告白されるなんて、思いもしなかった。
もちろんそれは断ったが、宮間に「女の子みたい」と言われたのが、おれにはショックだった。
おれが日本舞踊を習っていたのは、かっこよくなりたかったからだ。
確かにおれの憧れは母さんだけど、男なのに女の子みたいなんて言われるなんて、我慢がならない。
だからおれは、日本舞踊からしばらく離れることにした。
次の発表会も決まっていたし、母さんはひどく驚いて、「どうしてなのか」と憤慨した様子だったが、おれの意志が硬いことがわかると、静かに納得してくれた。
「女の子みたい」と言われるのが嫌だからなんて、バカみたいな理由だってのはわかってる。
でも、まずは男らしさを身につけて、今度こそかっこよくなってみせる。
そうしてからまた、日本舞踊に戻っても遅くはない……はずだ。
そう思い、おれはこの神田道場に入門したのだった。
(それにしても、宮間に告白された日……誰かに会ったような気がするんだよな……)
剣を振りながら、数日前のことを思い返す。
衝撃的なことがあったせいなのか、どうも記憶が曖昧になっている。
ただ、あの日、おれは誰かに会い、おでこにキスをされた、ような気がする。
優しい言葉をかけてくれたその人は、穏やかな口調で、笑顔が素敵で、そして……。
「なんだよお前、なんの用だよ」
不機嫌そうな声が耳に届き、少し素振りを止めて、そちらを見る。
声の主は、ここ神田道場の息子さんである神田・夏輝さんだった。
凛とした顔と、確かな剣の腕。厳しいが面倒見は良い方で、おれ以外の門下生にも慕っている奴は多い。
(悔しいけどかっこいいよな)
早くあんな風になるぞ、と思いながら、話している相手を見て――おれは目を丸くする。
「あら、いきなりですね。今日は一緒に遊ぶ予定と聞きましたが?」
その人は、にこにこしながら神田さんに柔らかくそう返す。
さんさんと照りつける日差しが、彼女の金色の髪を一層鮮やかにしていた。
「ちっ、誰が話を漏らしやがったんだ……。まだ稽古の途中だ。稽古場には来んなよ。気が散るだろ」
「せっかくですから、ここでしばらく神田くんの勇姿を見ていようかと思いまして」
「帰れバカ」
「そんなに恥ずかしがらなくても……あら?」
金髪の人が、おれの視線に気付いたのか、こちらを向く。
数日前に出会った『誰か』のイメージが浮かび上がる。
それは瞬時に、目の前の金髪さんと重なり合い、おれは何か運命的なものを感じた。
「あ、あっ、あああのっ」
自分でもバカみたいだと思うくらい、どもってしまう。
神田さんが「なんだこいつ」という目で見ていることに気付くが、どうしようもない。
ああもう恥ずかしい! 落ち着けよおれ!
「はい、なんでしょう?」
「おっ、おれと! どこかで会ったことありませんか!?」
なんとかそう聞いて見ると、金髪さんは「あら?」と一瞬驚いた素振りを見せた。
突然そんなことを言われたら、驚いて当たり前だ。変人だと思われてもおかしくはない。
しかし、金髪さんは朗らかな笑顔を浮かべてくれる。
「いいえ、初めてお会いします。初めまして。ぼくは樋口・恭といいます」
「あっ! す、すすすみません! おれ、いや、僕! 速瀬・千里です!」
「そんなにかたくならないでください。もっと気を楽にしてくれていいんですよ?」
そんなことを言われても、目の前の人は、おれの理想の女性像に限りなく近い人だ。
気楽にしていいと言われても、そう簡単に自分を取り戻せない。
「でも、いきなり『会ったことありますか?』って聞かれたのは初めてです」
「ナンパにしちゃ古典的すぎるセリフだな」
神田さんにまでそんなことを言われてしまう。
顔から火が出そうだった。
今すぐこの場から消え去ってしまいたくなるが、稽古中に抜け出るわけにもいかず、なんとか口を開く。
「そ、そういうつもりじゃないんです。本当に、どこかで会った気がして……。でも、樋口さんみたいな綺麗な人、一回見たら忘れませんもんね」
「恭でいいですよ、くすっ。でも、嬉しいです。ありがとうございます」
「綺麗なのは外見だけだけどな」
ぼそっと神田さんがとんでもないことを呟く。
緊張していたのも忘れて、強い視線を向けてしまった。
しかし、肝心の恭さんは、全く気にしていない様子で、
「神田くんは稔くんにしか甘くないですもんね」
「……お前に言われたくねえ」
「あら? 否定しませんでしたね、ふふっ」
「樋口、物理的に黙らせられてえか、てめえ」
きゃーこわーい、と恭さんは冗談っぽく言って笑う。
そんなあざとい素振りも、彼女なら許せてしまえるほど、可憐に見える。
……それにしても、こんなに軽口を叩き合えるなんて、二人は仲が良いんだな。
「ああもう樋口! もうオレの部屋で茶でもすすってろ! 菓子はいつものところから勝手に取ってけ!」
「戸棚の一番上ですよね? わかりました。では神田くん、また後で」
神田さんに怒鳴られて、恭さんはそそくさとその場を離れていった。
部屋に簡単に入らせるどころか、お菓子の置いてある場所まで知っているなんて……。
「あ、あの、神田さん?」
「なんだよ」
「もしかしてさっきの……恭さんとは、付き合ってたりなんか……」
「っっっ! 誰があんな奴と付き合ってるって? 馬鹿言ってんじゃねぇ!」
凄まじい剣幕で怒鳴られてしまった。
稽古場にいた門下生たちの視線が集まる。
どうやら地雷を踏んでしまったらしく、慌てて頭を下げた。
「す、すみません! あの、それじゃ恭さんとは単なるお友達……?」
「ん……まあ、単なる友達ってわけじゃねえっつーか……どうでもいいだろ。稽古に戻るぞ、速瀬」
曖昧に誤魔化して、神田さんはつかつかと稽古場の中央へと歩いていく。
どうやらはっきりとは答えづらい関係らしい。
あんなに辛い当たり方をしても大丈夫な間柄なのだから、相当に仲が良いことは明白。
ということは、友達以上恋人未満……?
いくら神田さんが現状おれの目標だとしても、恭さんに辛く当たるのは、良い気分じゃない。
そう思ったら、ふつふつとおれの中で何かが燃え上がってきた。
恭さんは、おれが母さん以外で、初めて強く心に残った人だ。
その人の心の中に、おれも残っていたい。
そのために、まずはここでもっと強くなって、男らしくなって……。
(神田さん……この人には、絶対に負けない!)
そう心に誓い、おれは竹刀を力強く握り締めた。