また、犯されてしまった。
その事実は、少なからずオレの心に傷を負わせていた。
やはり、オレの力ではダメなのだろうか。
せっかくミアと契約を結んだのに、またオレは負けるのか。
負けたくない。こんな姿の津久井を見ていたくない。
その気持ちは消えていないが、しかし、どうすればいい?
気持ちだけが空回りしては、焦りとして自分に帰ってくる。
「夏輝さん!」
暗闇に覆われそうになった心に、一筋の光が差した。
ミアが強い視線をオレに向けていた。
真っ直ぐで、力強い光がその目に宿っている。
「諦めてはいけません! 思いは力になります! あなたの思いを、信じてください!」
オレの思いは、なんだ? オレの望みは一体なんなんだ?
今は、目の前の津久井をなんとかしたい。
剣の道を歩んでいたくせに、剣に頼らなくなったこの馬鹿の姿を、もう見ていたくない。
叔父さんが今のこいつを見たら、きっと大層嘆くことだろう。
きっとこいつの魂は、こいつが死んだときに砕け散った。
目の前の津久井は、津久井であって津久井ではない。
それなら、オレ自身の手で、なんとかしてやりたい。
だけど、体も動かせないこの状況で、一体何が――
と、指先に何かが触れた。
(津久井の……木刀……)
それを目にした瞬間、オレの中で何かが弾けた。
これには、津久井の魂が染み付いている。
オレにはオレの思いだけじゃない、津久井の魂そのものも譲り受けているんだ。
その魂の光を失ったガイストなんかに負けるわけにはいかない。
この思いと、この剣で、
「その心の闇を――斬る」
意志を固めたと同時に、オレの体から眩い光が発せられた。
今ならわかる。これは、オレ自身の魂の光。オレ自身の思いだと。
光は手を介して、津久井の木刀へと伝わっていく。
光が消えたと思うと、オレの持っていた津久井の木刀は、形が変化していた。
木刀というよりは、チアリーディングに使うバトンのような形状。
だが、握っているだけで、力強さを感じる。
当たり前だ。この得物には、二人分の思いが込められているのだから。
「はあっ!」
軽く振るうと、絡み付いていた糸が嘘のように切り払われる。
「ど、どうなってるんだ? 僕の糸が……こんなに簡単に!」
最後の切り札だった糸を抜けられて、津久井が一目でわかるほど動揺する。
「津久井。覚悟を決めろ。今のお前じゃ、オレと――お前自身には勝てない」
剣先を突きつけて、きっぱりと言い切る。
そして、いつもそうしていたように、相手を正面に見据えて、正眼に構え直した。
足に力を込めて、間合いを詰める。振りかぶり、反動をつけて叩き下ろす。
津久井は、それを木刀で受けたが、結果はわかりきっていた。
――魂の篭っていない剣で受け切れるほど、この一撃は軽くない。
津久井の得物を粉砕し、そのままオレは奴の左肩を真っ直ぐに切り下ろした。
全ての音が静止した中で、津久井は静かに膝をつき、倒れる。
「ま……参った、な。負けちゃいましたよ……やっぱり強いなあ、神田さんは、はは……ごほっ」
左肩が裂けて、腕が落ちそうになりながらも、津久井は笑っていた。
オレの知っている、屈託のない笑顔がそこにあった。
「剣を裏切ってまで戦ったんですけどね。勝てなかった」
「……津久井」
なんと声をかけていいかわからず、オレは目を伏せる。
「神田さん、なにしょげた顔してるんですか? あなたがそんな顔をする必要ありませんよ。迷惑かけてばかりで、すみませんでした」
「……気にすんな。馬鹿な友人を持つと苦労するのは、仕方ない」
津久井は一瞬目を見開いて、それからにっこりと笑顔を浮かべた。
今まで見た中で、一番満足そうな顔だった。
津久井の体から、光の粒子が立ち上り始める。
よく見ると、津久井自身が光となって、空に舞い散り始めているのがわかった。
「僕の分まで、頼みます」
「任せとけ……じゃあな」
「はい。ありがとうございます、神田さん。……さようなら」
そして、津久井は音もなく天に還っていった。
その光が完全に見えなくなるまで、オレはずっと空を見上げていた。
決して忘れないように、目に焼き付けていた。
「……お疲れ様です、夏輝さん」
「ああ……お前にも、世話かけたな」
津久井が消えた影響か、いつの間にか糸は消えており、拘束を解かれていたミアが歩み寄ってきた。
「彼は、あれでよかったのでしょうか?」
「いいんじゃねえか。満足そうに逝ったみたいだったし……それに、あいつの魂は死んでない」
ぎゅっと手の中の得物を握り直す。
「さて、と。それじゃ約束通り、今後はお前の手伝いをしてやるよ。どうせオレはガイストに狙われちまうらしいし、降りかかる火の粉を払うついでにな」
「あ、ありがとうございます。では、せっかくなのでコードネームを決めましょう」
「コードネーム?」
「変身してからも『夏輝さん』では、何かと不都合があるでしょう?」
言われてみれば、その通りだ。
こんな力を持っているなんて噂でも流れたら、日常生活にも支障が出るかもしれない。
それにしても、コードネームか。一応、オレは(男だけど)魔法少女という立場らしいから……
「ナイトだ」
「ナイト?」
「ああ。生前の光を失って、心を闇に閉ざしたガイスト共を斬って天へ還す一振りの剣……」
得物を天にかかげる。
その切っ先が向かう天、その更に向こう側にいるはずの人々に誓うように、名乗りをあげた。
「オレは、闇を切り裂く孤高の剣(つるぎ)、ウィッチ・ザ・ナイトだ」
了